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2008年12月 「クリスマス・ギフト」

 なぜ時というものは年々加速していくように感じるのだろうと、毎年この時期になると決まって同じことを言っている。同じことを繰り返し言うようになってはお終いだと若いころは思っていたが、最近その兆候が顕著になってきた。そして名詞や動詞を的確に使えず、あれがこうだから何してどうした的な代名詞を多用した会話が増えている。本当に毎年この時期になると一年が過ぎるのが早いということと確実に歳を取っていることを思い知らされるのだ。

 もう少し若いころは、クリスマスにはとてもワクワクしていた。しかし、なぜかこの頃は、デコレーションやツリーを用意しなきゃいけないなだとか、クリスマスカードを書かなきゃだとか、クリスマスショッピングに行かなきゃいけないななどと考えては、ため息をつき憂鬱になってしまっている自分に気づく。これは非常に良くない傾向だ。あれ程デコレーションやツリーが楽しみだったはずなのに、どうしてしまったんだ私は。あんなに張り切って、高所恐怖症でズリ落ちそうになりながらも決死の覚悟で屋根に上ってクリスマスライトをつけていたガッツのあるお父さんはどこに行ってしまったんだ。生のクリスマスツリーを車の屋根にくくりつけて運び、ぎっくり腰になりそうになりながらも一人で車から降ろして家に運び込んでいた力持ちのお父さんだったはずだ。クリスマスカードは親バカ超丸出しで、うちの子が一番可愛いだろうとばかりに一生懸命ツリーの前で子供の写真を撮ってクリスマスカードを大量に注文したものだ。最近は、何かのときに撮った写真を引っ張り出してきて、これでいいかってな感じで選んでコンピュータでペーストして印刷する程度になってしまった。私は一体どうしてしまったんだ!

 しかし、冷静に考えると、これは私の加齢のせいばかりではなく、子供のせいだということに気がついた。やつらが、かつてまだ小さくて可愛かった頃。瞳をキラキラと輝かせながら「サンタさん、ほんとうにくる?」と興奮していた頃。父は、そんな可愛いわが子が喜ぶ顔見たさに無性に張り切りたくなったものだ。ところが、最近はなぜだか知らないがクリスマス前になると当然のように高価なエレクトロニクス製品などを欲しがり「サンタさんにお願いしよっかナ~」なんてしゃあしゃあと言う高校生の息子を見ると、「クリスマスは、プレゼントをもらうための日ではないぞ!」とやるせない気持ちになる。「残念だな、サンタさんは良い子のとこにしか来ないのだ。ハハハッ」と切り返し、乾いた会話をするようになってしまうのだ。当然、親としてのクリスマスへのモチベーションもグッと下がり、次第にクリスマスが面倒くさいものになってしまったのだ。本来はキリストの生誕を祝う日なのに、なんでプレゼントなのだ!と声を大にして夜空に向かって叫びたくなってもいたしかたないだろう。

 英語では、クリスマス・プレゼントよりクリスマス・ギフトという言葉の方が頻繁に使われると思う。私はこのギフトという言葉が好きだ。贈り物、そして天からの贈り物ということで才能という意味もある。人は誰でも才能を贈られていると思う。大切なのは、そのことに気付いているかということと、その才能を伸ばす努力をしているかということだと思う。不思議なもので、人はその才能になかなか気付かないものだ。もしかしたら一生気付かずに、宝の持ち腐れになっている場合もあるだろう。私は自分の才能に大人になってから気付いた。それもかなりの大人になってからだ。若い頃の私は、今から考えると想像もつかない怠け者で、ゆえに何事も上手くいかずに劣等感や自己嫌悪を感じることが多かった。ある時を境に、こんな事ではダメだと一念発起して努力をするようになって、人が変わった。そして、カイロプラクティックというものに出会って、生きがいを見つけて夢中になってしまった。無我夢中で頑張ってカイロプラクティックを勉強して習得した時に、100人以上いる大学のクラスメートの中で自分の技術が一人突出したものになっていることに気付いた。不思議な感覚だ。特別な能力などない自分が、ただ好きで一生懸命に走っていたら、気づいたときには先頭に立っていたのだ。

 ところが、いくらクラスで一番優れた技術を持っていても、所詮それは学生の域だった。卒業して色々な先生に学ぶと、自分の未熟さを嫌でも思い知ることになる。そこで、誰にも負けたくないと思って一生懸命学んで努力した。患者さんが思うように回復せず、患者さん本人以上にフラストレーションを感じ悩んだことは数知れない。いつまで経っても自分が未熟だと感じて頑張っていたら、知らない間に業界で一目置かれる存在になっていた。不思議な気持ちだ。お陰で今では日本でも講演や出版と業界内での後進の教育に微力ながらお手伝いさせていただいている。そして、感じたことは、皆さんが同じように努力している中で、自分がこのように用いてもらえる存在になれたことは、幸運にも才能に恵まれていたからだということだった。もちろん私の中では、もっともっと上を目指して頑張らなければという気持ちがあるので戸惑いのほうが強いのだが、努力しても出来ない人が多い特殊技能というものを学ぶ中で、自分が感じることの出来る能力や施すことの出来る技術が多くの方のそれを上回ってると評価されるとき、それは才能を与えられたからだと感謝するのだ。

 カイロプラクティックという医療自体が、天から人類が与えられたギフトだと私は常々思っている。人間の身体自身が持っている素晴らしい治癒能力を手による施術で引き出すことが出来るのだ。どこに行っても治らないという方が、カイロプラクティックによって治ることは珍しくない。それは、人間の身体の神経の流れを整えて、身体が持つ本来の機能や免疫力を回復させるからだ。人間の身体は実に不思議だ。残念ながら私たちの力ではどうしようもないケースもある。しかし、多くの場合は、本人が不調の原因となっている悪習慣を改めて、健康になる努力をしたうえで適切な医療による治療を受ければ、時間がかかることはあっても改善、または治癒するものである。私の使命は、この天から与えられたギフトを一人でも多くの方に届けることだ。それも出来るだけ最高の形でお届けしたい。その為の私の理想には、残念がら現在の私は遠く及ばないのだ。もしかしたら、どんなに自分の技術や能力が向上しようとも、一生満足することはないのかもしれない。

 もしも、世の中でカイロプラクティックに出会うことなく、苦しみ続ける人がいるとするなら、それは私が、その人たちに伝えることが出来ていないからだ。もしも、私が治療する人の健康が改善されないのなら、それはカイロプラクティックのせいではなく、私が未熟なせいだ。折角のギフトを届ける役目の私が未熟なせいなのだ。業界内でいくら良い評価を頂いても、実際に私の治療を受ける患者さんに評価してもらえなければ、私には何の意味もないことだ。

 もしも、サンタクロースにプレゼントをお願いできるとしたら、全ての人を健康にしてあげられる力を望むだろう。これは全ての医療従事者の願いに違いない。それでは、父の願いはどうだろう。きっと全ての父が願うことは、子供が自分よりマシな人間へ成長し、健康で幸せになってくれることだろう。お父さんがサンタになれるときは、自分の生き方で子供たちにそのことを示してあげることが出来たときだと思う。それがきっと最高のギフトになるはずだ。子供には迷惑なだけかも知れないそんな私の考えを押し付けて、今年も高価なギフトを買わない言い訳にしたいと思うのだ。

Dr.岡井の機密情報
「サンノゼ・クリニック移転のお知らせ」
サンノゼの岡井クリニックが移転しました。とはいっても、同じ敷地内のもう一つの建物に移転するだけで、その移転距離は約50mほどです。駐車場も同じ場所ですが、スポットが少し移動しましたので「Clinic」のサインがあるところに駐車してください。引越しは12月11日木曜日で、12月12日金曜日より通常の診療を行っています。新しいクリニックが入る建物の住所は4323 Moorpark Ave. Suite Aです。電話番号は今までと変わらず(408)343-3835です。新しくなったクリニックでより快適に皆さんに治療を受けていただきたいとスタッフ一同張り切っています。是非年末の身体のケアにお越しください。

サンマテオ・クリニック
月:8:30AM~11:00AM
火:2:00PM~4:30PM
水:8:30AM~11:00AM
木:2:00PM~4:30PM(※)
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土:12:00PM~1:00PM
日:休診
(※完全予約制)

サンノゼ・クリニック
月:12:00PM~6:30PM
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木:休診
金:12:00PM~6:30PM
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